下流のお一人様家計簿blog☆彡

座右の銘#お金は取るより使いよう(ご立派な 負け惜しみ・・) 毎月の家計簿公開と その他雑多なブログです

【自己紹介】
下流界おひとりさまアラセブンと申します。

日記内での言葉遣いは、方言で書く日記、「です。ます。調」でない日記
が出てきますご無礼をお許しくださいませ。
2020年2月ブログ開始

ブログデザイン模索中のため・突然デザイン変更あるかもです。

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カテゴリ: 訪問介護中に利用者が亡くなった話





訪問介護中に利用者が亡くなった話 その3
↑ ↑ ↑ の話の続きです。
 

約束の時間に一人でAさん宅を訪ねると、同居している次男とその息子(孫)が待っていた。

あの日の入浴介助の時の状況を聞きたいと言う。


「この度は、申し訳ありませんでした。

いつも、Aさんは、お孫さんの話をされてました。

その日入浴が一通り終わって、そろそろお風呂場から出ようとした時です。

立っている私の顔を見上げ、すぐ下を向いて、

~~と息を吐きました。私はすぐ顔をのぞいたけど、息がないようなので、

脈を確かめたけど、もうありませんでした。

あの時、私の顔を見て、お孫さんの話をしようとしたのかもしれません」

 

「最近、母は身体が弱ってきていると感じてました。死因は心臓まひでした。

それで・・病院から母の持ち物と返されたのが、

装具とバスタオルだけだったんですが・・・」

 

「はい、入浴中だったので、バスタオルをかけて救急車を呼びました。

救急車の方が、毛布を持ってこられたので、毛布を掛けて病院に行きました」


「そうだったんですね、わかりました。

あなたのことを母は気に入っていて、良い人だと言ってました。

もし、他のヘルパーが来るなら断りたいと言ってました。

きっと、あの日あなたを待っていたんでしょう、

入浴をして体がきれいになってからでよかった。


あなたのことは、ホームヘルパーとして99
%と言ってました。

お世話になりました、ありがとう」と息子さんから言われて、

息子・孫・私の3人で泣いた。




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Aさんは、生活保護になる前は良い暮らしをしていたと言い、

プライドが高い人だった。

 

私が、Aさん宅に介護で入った時期は介護保険施行直前で、

介護保険でのヘルパーの仕事をするためには資格が必須なため、

ヘルパー講習に通っていたので、

たまにAさん宅を休ませてもらうことがあり、

私の代わりのヘルパーが入っていた。

 

生活保護受給者ということで、

ヘルパーから上目線の態度を取られることがあると言う。

私は、差別することはしなかったし、Aさん宅は働きやすい家と思っていた。

「あなたが休む日は、代わりのヘルパーさんは要らない」と言っていた。

週2回の入浴を楽しみにしていたAさんは、

体がだるくて、入りたくないということも出てきていた。

Aさんはそれを息子さんにも伝えていたのだ。

それが、この不慮の出来事の私を助けてくれたのだと思った。

 

しかし、このことがあってから1か月ほど、夜になると涙が出たし、

1年間は、気持ちが落ち込む日々が続いたのだった。

これが新米駆け出しヘルパーに、いきなり振りかかった出来事だった。

 

その3年後に、ヘルパー職から離れたいと他の道を模索してみたが

模索したのは2つです。

人生後半に挑戦したこと①アイディア考案商品化

人生後半に挑戦したこと②シニアタレント

 

ものになることはなく・・・

ヘルパー職に戻り、介護福祉士資格→ケアマネジャー資格を所得して

15年間ほど働き 65歳と4か月で退職した。


15年間の仕事は、苦手で好きな仕事とは言えなかったけど、

介護の仕事で厚生年金を積んで

現在は年金だけで生活できていることに、

介護の仕事を続けてきてよかったと思える。

 

 

今、Aさんに聞いてみたい・・・

 

ヘルパーとして99%はうれしいけれど、

マイナス1%は何だったんですか(*^_^*) ・・ってね。

~~終わり~~


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訪問介護中に利用者が亡くなった話 その1

訪問介護中に利用者が亡くなった話 その2 
↑ ↑ 
の話の続きです。

病院の公衆電話から、長男に搬送先病院を伝え

「すぐに来てください!!」といった。


午後13時過ぎ頃だったと思うが、

ナースが私を呼びに来たのでついていくと、Aさんが広い部屋(救急救命室?)

のベッドで、白い顔で心臓マッサージを受けていた。

ナースが「もう1時間以上マッサージをしていますが、この状態です。

やめてもいいでしょうか?」と、

機械の画面の線は、心臓を押したときぴょっこと一瞬持ち上がるが、

その時以外は、一直線のままだった。

 

「私は家族じゃないので、わかりません。家族が来るまでお願いできませんか?」

「あなたはこの方のヘルパーさんなので、あなたが決めてください」と。

(家族はいつ来るかもわからないし・・・助かる見込みは無に近そうだ・・)

 

「・・・・・はい・・それではやめてください・・」と返事をした。

Aさんの白い顔を触ると、冷たかった。

 

「それでは、これから身体をきれいにしますので、先ほどの部屋で待っていてください」といわれ別室に戻り待っていると・・・

 

ナースが来て「これから霊安室に運びますので、そちらに来てください」という。
(霊安室?家族が来たとき、すでに霊安室に居たでは困る)

 

「もう、ちょっと家族が来るまでまってもらえませんか?」

「亡くなった方を、ここに置いておくわけにはいかないのです」と。

Aさんはストレッチャーで黒い車に乗せられ、病院の中庭を通って、

病院の霊安室へ・・

 

私は、歩いて行った。

霊安室入り口には、葬儀社の関係者がいた。


霊安室は、映画で見るような場所ではなく、

 

長机がたくさん置いてある広い部屋で、隅の一角が1段高い8畳ぐらいの畳敷きになっていた。

Aさんは全身白い布にくるまれて、床の上に置かれていた。

私はその畳敷きの和室で使うテーブルがある場所で、待っているようにいわれた。

係員がこれから警察の人が来ますと言い残し部屋を出て行った。

 

遺体のAさんと同じ部屋に2人だけになり怖かった。



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しばらく待っていると・・

「やあ・・大変でしたねぇ・・」と、背広姿の男性が、部屋に入ってきた。

「そうなんですよ、お風呂に入っていたら・・・」と、

私は、その人が葬儀社の係員かと思って話すと、

 

「で・・・どうだったんですか?」と聞いてくるので、

(さっき言ったでしょ!と思いながら)

同じ話をすると、また聞いてくる。

「入浴が終わって出ようと思ったら、私の顔を見てすぐに下を見て、

は~は~と息を吐きました」というと、

「は~は~と2回ですか?」「そうです2回です」と、答えた。

そんなやり取りが5回ほど続いたとき・・

(これもしかして・・取り調べ・・・?

警察が来るというから、警察の服を着てくると思っていたので、

この人が警察と思わなかった、それと息を吐いたのは2回じゃなく

3回だったなと思っていた)

 

取り調べ?が終わり「次は検案をしますから、部屋を出てください」と言われたのが、
午後4時を過ぎていた。

これで終わりではなく、家族と入れ替わりで私を帰すという。

 

ふと、お昼ご飯を食べていないことに気づき
「昼食をまだ食べていないので、食べてきます」と出かけた。

病院の食堂で遅い時間の昼食をとり、戻ってくるとAさんの2人の息子さんが到着していた。

「二人で待ち合わせをして、ここに来た」という。

(待ち合わせをしてる場合じゃないでしょ、と思ったが)

私が長男に電話をしてから、5時間以上が経っていた。

 

私が昼食で離れている間に息子さんたちから

警察が、日頃の母親とヘルパーの私との人間関係を聞きだしたのだと思った。

 

外は暗くなっていた。警察が「お宅まで送りましょうか?」と聞くので、

「自転車をAさん宅に置いているので、取りに行ってから帰ります」と、

断った。
(パトカーで送るつもりだったのか?
それもよい経験だったかもしれない送ってもらえばよかったと後になって思う。
あの時の私はまだ真面目だった)


病院から、バスと電車に乗り継ぎ
Aさん宅に行き、
自転車で自宅に帰ってきたのが夜8時過ぎごろ。
長い一日だった、どっと疲れが出て涙が出た。

 

数日後、登録している紹介所の社長から電話があり、

Aさんの息子さんから 話が聞きたいと電話があったから、行ってやってね」という。
この紹介所は他人事のように、
Aさん宅には出向く気がない。

私は、家族から賠償請求などされたらどうしようと急に不安が襲ってきた。

 


約束の時間に一人でAさん宅を訪ねると、
同居している?次男とその息子(孫)が待っていた。

あの日の入浴介助の時の状況を聞きたいと言う。

~~次回に続く~
(次回は最終回です)

最終回はこちら


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            ↑ ↑
        この話の続きです。 

その日は 入浴介助の日だった。

Aさんは、糖尿病で片足の障害で、ひざ下に装具をつけていた。

浴槽が高くてまたぐことができないので、

シャワーチェアに座り体を洗う。
狭い浴室なので私が、
Aさんの前に立って、

洗髪・身体洗い・装具を外して足洗いの介助後、

浴槽にためた湯を洗面器ですくって、身体にかけるのをいつも通りに介助していた。

 

話好きのAさんは、入浴しながらも話しが止まらない、

一連の入浴介助が終わり・・

そろそろお風呂をでましょうかというとき、

 

前に立っている私の顔を見上げた・・が、すぐに顔を下に向けた。

そして「は~、は~、は~」と、3回ため息を漏らした。

(可愛くて、不憫な孫の話をしようとして、

急に悲しくなって泣いてるのかな)

「どうしたんですか?」と声をかけたけど何も答えない。

顔を下から覗き込んでも反応がなく・・・

もしかしたら・・と思って、脈を確かめたら脈を感じなかった。




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どうしよう、どうしょうと、一人つぶやいたが、
まず救急者だ・・・

救急車を呼ぶため、
Aさん宅の黒電話から119番をした。

(まだ、携帯電話が一般に普及してない時代)

 images


時間は午前11時頃だった。

午後は別の人の訪問介護がある。

救急車を待っている間に、家政婦紹介所に電話をかけ、

手短に事情を話し、午後の仕事には行けないと思うと話した。

 

同居の息子には、連絡する術がない

(当時は携帯電話が一般普及していない時代)

 

家族の連絡先で、長男の会社の電話番号が紙に書いて電話機そばに貼ってあったので、
そこに電話をする、しばらくすると息子さんが電話に出てきたので、

「お母さんが風呂場で倒れたので、救急車を呼びました。

病院に着いたらまた電話します」と。

 

間もなく救急車が来て、様子を見て心肺停止といっている。

救急隊員が搬送先病院を探し「付き添ってください」といわれ救急車に乗り込むと、
車中、心臓マッサージを受けながら・・病院に着いた。

私は別室で待つように言われ、病院の公衆電話から、長男に搬送先病院を伝え

「すぐに来てください!!」といった。


~~次回に続く~~




  
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夫と別れてからもクリーニング店でパートをしていたんですが、

高校生の娘が2人いたので、収入を増やそうと

訪問介護の仕事を始めました。

このころは介護保険施行前で、家政婦紹介所に登録して、

区からの委託で訪問介護をしていました。

その時に体験した出来事、一人の高齢女性利用者(Aさん)の話です。

長文になります。 5回ほどの連載です。

         yjimage


【訪問介護中に利用者が亡くなった話】


以下、本文・・・

 

 

Aさん宅に、それまでは、区の職員が入っていた訪問介護の仕事を、

介護内容を同行で見せてもらい、引き継いだのです。

(その時、区の職員ヘルパーはAさんに、ちょっと高圧的な物言いで、

Aさんも、ちょっと反抗的な返答をしていました)

 

次回からは私が一人で80歳代のAさんの介護に入った。

介護内容は「掃除・買い物・家事・通院介助・入浴介助など」生活全般。

このAさんは、独居の生活保護受給者だった。

そのことで、3回目ぐらいの訪問時、

「区のヘルパーさんは、自分をバカにするので、嫌だった」と言った。

 

Aさんには息子(当時50歳代)2人いるが、長男は既婚。

次男は離婚していて、一人暮らしをしているということだった。

 

次男は他所で一人暮らしと聞いていたが、

Aさんは民間2DKアパートを借りていて、

1間は息子の物でいっぱいだし、訪問してすぐ台所の食器洗いを頼まれるが、

いつも2人分の食器が水につけてあって、それを洗っていた。

明らかに 息子との2人暮らしだった。

(一人暮らしとしておいたほうが、行政に対して、何かと都合がよいことがあったのだろう)

 

次男は無職のようで、私が訪問する間際に家を出て介護が終わって私が帰るまで、
どこかで時間つぶしをしているらしいことが、訪問しているとなんとなくわかってきた。

私が訪問する前に、次男が家を出るのが間に合わず鉢合わせすることも出てきた。
(私にとっては、無問題のことだが)




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しばらく通って・・慣れてくると、Aさんがいろいろな話を聞かせる。

2人の息子は 1流大学卒。

次男の離婚原因は(バブルで土地が高騰の時代に

勤めていた銀行のお金で? 土地を買って失敗して、銀行にいられなくなった)というような話で。。。自己破産をして?離婚した。

Aさん自身も、亡き夫は立派な職業だったので戸建てに住み、生活に困っていなかったけど、
次男の投資失敗の巻き添えで、生活保護になったらしい。

 

でも、その次男に恨みは持っていなくて、

次男の元・妻と妻の両親への怨念を、ずっと引きずっていた。

 

長男の嫁ともうまくいっていないので、2人の嫁は訪ねてくることが一切ないという。

憎い嫁たちの話をする以外は、明るい感じの人だったし、

いつも、私には「助かったよう~、ありがとうよ~」と言ってくれた。

 

 

訪問すると、2人息子の自慢話と、嫁たちの悪口と、
その嫁に育てられた子供たちが(孫)かわいそうという話を一通り聞いてから(傾聴サービス?)、
介護サービスにかかるのが定番となっていた。


外出は車いす介助が必要なため、出かけて他人と話をすることもなく、

(介護保険施行前でデイサービスもなし)

話ができる女性はあなただけよと、訪問日を楽しみにしてるといっていた。

~~次回に続く~~


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