昔・嫁だった頃 その2
前回 ↑の記事の続き
義父は、亭主関白で義母はいつも気を使って暮らしていた。
この義両親は恋愛結婚。
義父は再婚で、義母は初婚。
結婚前は義母のほうがより熱量が高くて、
自分に心を引き寄せるため、尽くしまくっていたんだろうなと想像できた。
結婚後この年齢になっても、
夕方、義父が帰宅する時間になると夏場は義父が通る敷地の地面に打ち水やら、
手抜かりなく迎える準備を確認して、小さな声で(よし!)なんてつぶやいて、
自分の夫が帰ってくる足音に耳を澄ましている人だった。
(義父が帰ってくる時間になると緊張すると言っていた)
夕食に天ぷら料理をするときは、
熱々を出したいと、足音が聞こえると同時に天ぷら油のコンロに火をつけて、
席に着いた義父にタイミングよく天ぷらを次々食卓に出していく。
義父の食べる分だけ一通りの食材を揚げると、
次は、リクエストにより揚げていくというのをしていた。
義母は天ぷらの時はひたすら揚げるだけで、
義父と一緒には食べず義父が食べ終わってから、
食べていた。
高級天ぷら屋さんか!!??って思ってみていた。
食後、しばらくすると必ずデザートのフルーツ。
入浴後8時過ぎには、毎日軽く夜食?(麺類、蕎麦が多かった)
このように、食事にはすごくこだわる家庭だった。
「家を建ててローンに苦しんで、
おいしいものも食べられない生活はつまらない、そんなのいやだわ。
安いお肉やハムは気持ちが悪い、少しでいいから良いものを食べたい」と、
いつも高い食材を買っていた。
昔は、缶ビールより瓶ビールが主流だったので、
瓶ビールと瓶入りキリンレモンのケースを酒屋が配達してきていた。
エンゲル係数高い家族だと思った。
私の夫も、このような家庭に育ち食事にはうるさい人だったので、
料理を知らない私には、毎日の食事作りが苦労なことだったが、
同居することで、いろいろな料理の手順を見ることができたので、
良かったと感じることの一つだった。
この家族の生活様式を見たとき、
私の実家の貧しい食事とは大違いで・・・
「住む国・人種が違うのか?!」と思うぐらい、
田舎者の私は驚いた。
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義父の前妻との間の子供たち3人は優秀な子供たちだったらしい。
今の妻との子は2人で、私の夫と、嫁いでいる娘(義姉)がいる。
義姉は道で芸能界にスカウトされたことがあり、父の反対で断ったそうだが、
そのぐらいきれいでまじめで、玉の輿婚をしていた。
相手方のお父さんに気に入られて、息子の嫁に是非‥と言われて、
義父は「うちはお金がないけど、娘はどこに出しても恥ずかしくないように育ててある」と、
結婚式は帝国ホテルで、費用は全額新郎側が持ったと聞いた。
義父の子供達の中で、高校中退したりダメなのは私の夫だけのようで、
亭主関白な義父は「お前の息子だけが どうしようもない子に育った」と、
義母に言うので、ずっと引け目を感じてきたらしい。
自分の血も入っているのに関白亭主はそう言い、
息子(私の夫)のことは、あまり可愛がらなかったらしい。
~続きは↓ ↓ ↓
昔・嫁だったころその4
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