「母の日」

その起源には諸説あり、よく知られているのは「100年ほど前のアメリカ・ウェストヴァージニア州で、アンナ・ジャービスという女性が亡き母を追悼するため、1908年5月10日にフィラデルフィアの教会で白いカーネーションを配ったのが始まり。

この風習は1910年、ウェストヴァージニア州の知事が5月第2日曜日を母の日にすると宣言し、
やがてアメリカ全土に広まっていき、1914年には5月の第2日曜日が「母の日」と制定されました。

ちなみに、日本で初めて母の日のイベントが行われたのは明治末期頃。
1915年(大正4年)には教会で お祝いの行事が催されるようになり、
徐々に民間に広まっていったと伝えられています。
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「母の日」と、日本語だから 日本の風習と思っていました。
輸入の?風習だったのですね。

私は小学校のころ、学校から赤いカーネーションを配られて家に持って帰り母に渡した記憶があります。(お母さんが亡くなっている子には白いカーネーションを渡されていた記憶、思うと、切ないですね)現代は母の日名目プレゼントを買うと造花のカーネーションをサービスでつけてくれますね。

私は小学生の母の日以外は大人になっても実家の母親に改めて母の日プレゼントをしたことがありません。母の日にこだわらず、通常の日でもたまに品物を買って渡したことはあります。

結婚してからも実母には「母の日」しなくても、夫の母に「母の日」はプレゼントしました。
同居していた時は、その義母さんが「パパにも父の日にプレゼントあげてね」というので、
「父の日」にもプレゼントしました。
そのことは、私にとって同居している間は、
御父母さんに少しでもかわいがってもらいたい嫁の私の気持ちでした。

私の娘たちのこと、
社会人になり今年40歳と42歳になった娘から母の日のプレゼント記憶は、
長女が1回・次女3回ほどで少ないです。

少ない回数のうち、それぞれ結婚を機会に母の日に「プリザーブ・フラワー」を、
送ってきました。
生花を特殊処理したもので枯れないので、今も部屋に飾っています。

結婚して初めて実母のありがたみを知ったのかな?と思ったら、その年1回きりでした。
あとで考えたら、結婚お祝い金を(ひとり親にしては)多く上げたのでそのお礼のつもりだったのかな?と思いました。

娘たちは他の人にお世話になったら感謝を表しているけれど、
親の私には、言葉で改めての感謝はあまり聞いたことがありません。
私も同様だけど、身内同士では照れがあるんですね。

自分自身、他人に期待は当然ながら、身内にも期待をしていない性格なので、
「母の日プレゼントが無いのは」さみしい母(どこかのブログで読んだ)と感じたことはないのです。

そして‥何はなくとも それぞれの家庭が健康で大きな波風なく、
娘の夫の両親や親族とも穏やかな関係で、
双方の親に心配をかけないことが、一番私はうれしいし何物にもかえがたい事です。

娘たちは、私が苦労して育ててくれたと思っていないし、
私自身もたいして子育てに苦労をしなかったと思っているので「母の日」は不要と思っています。


たまたま私の誕生日前後に娘と会う機会があれば、誕生日ケーキや外食をごちそうしてくれたりは
するので それがありがたいです。




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私の今の経済状況は、
孫にクリスマスプレゼント、間を置かず年明けにお年玉がちょっぴり負担です。
母の日とクリスマスは輸入行事?なら 母の日要らないし(我が親娘はもとから無い)
孫3人のクリスマスプレゼント(内心)きついわ。

誕生日は、その人だけの日なのでいつまでもお祝いをしてやりたいと思うけども。
クリスマス・お年玉は大学卒業までやると聞いたら・・・
先が長いわ~~
今、2人の孫は中1と小6です。
もう一人の孫は3歳。この孫の成人・社会人まで、私の寿命があるかどうか・・?
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